大判例

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広島高等裁判所岡山支部 昭和35年(ネ)217号 判決

控訴人(被告)

大月百合子

外六名

代理人

寺田熊雄

外一名

被控訴人(原告)

窪田孝

外六名

代理人

岡崎耕三

外一名

主文

一、本件控訴を棄却する。

ただし、原判決主文二項を次のとおり訂正する。

「控訴人らは被控訴人らに対し、別紙図面表示の黒斜線部分の土地を、その地上の立毛を収去して明け渡せ」

二、控訴人らが当審において新たに求めた、本訴の予備的申立ておよび反訴の予備的請求を棄却する。

三、当審における訴訟費用は、本訴および反訴を通じて、控訴人らの連帯負担とする。

事実

第一双方の申立て

一、控訴人らの求める裁判

1  本訴につき「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする」予備的に「原判決を次のとおり変更する。控訴人らは、被控訴人らが五万八〇〇〇円およびこれに対する昭和二四年九月一日より支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払をするのと引替えに、別紙図面表示の黒斜線部分の土地を被控訴人らに明け渡せ」(後者は当審における新たな申立)て

2  反訴につき「被控訴人らは控訴人らに対して児島市唐琴町字前ノ窪四二九番の内第二の畑三畝一二歩内二三歩堀敷外一歩畦畔につき所有権移転登記手続をせよ。被控訴人満智子は控訴人らに対して右土地のうち別紙図面表示赤斜線部分を明け渡せ。反訴訴訟費用は一、二審とも被控訴人らの負担とする」登記手続の請求につき予備的に「被控訴人らは岡山県知事に対し、前記土地につき控訴人らに対する所有権譲渡のための宅地転用許可申請手続をせよ。この許可があつたときは、被控訴人らは控訴人らに対して右土地につき所有権移転登記手続をせよ」(予備的請求は当審における新訴)

二、被控訴人らの求める裁判

本件控訴の棄却。新訴の請求棄却。

第二双方の主張

一、被控訴人らの主張

1  請求原因(反訴の請求原因に対する答弁)≪省略≫

2  抗弁に対する答弁

イ 本件土地の売買には旧農地調整法による知事の許可が必要であつた。しかるに力蔵ないしその承継人が知事の許可なくして自己の所有に帰したと考えたとすれば、少なくとも過失の責めを免れない。また力蔵は、後述のように、この売買契約上の権利を他に譲渡したものであるから、かりに力蔵の自主占有を認めうるとしても、時効の起算点は右譲渡の時である昭和二七年一二月一四日より後でなければならず、時効の完成はありえない。

ロ 力蔵は売買契約上の権利の一切を他に譲渡したのであるから、売買の無効による代金(不当利得)返還請求権もすでに力蔵ないしその承継人に属さない。したがつて控訴人らによる留置権の行使もありえない。

3  再抗弁≪省略≫

二、控訴人らの主張

1請求原因に対する答弁(反訴の請求原因)≪省略≫

2 仮定抗弁(イは反訴についての仮定的主張)

イ  力蔵は昭和二〇年に本件土地を買い受けてから、所有の意思をもつて、これを平穏公然に占有し、かつ、占有の始め善意無過失であつたから、取得時効の完成によつても所有権を取得している。

ロ  かりに本件土地の売買が無効であるとすれば、力蔵の支払つた代金五万八〇〇〇円は、同人の損失において清一が法律上の原因なくして不当に利得したものであり、清一ないし被控訴人らは悪意の受益者であるから、被控訴人がその受領を認める昭和二四年八月一日ころの翌月である九月一日から完済に至るまで商法所定の年六分の利息を支払うことを要し、その支払あるまで控訴人らは本件土地につき留置権を行使する。

3 再抗弁に対する答弁≪省略≫

第三証拠≪省略≫

理由

第一本訴について

一、被控訴人ら主張の請求原因イの事実は、売買の時期および効力の有無の二点を除いて、当事者間に争いがない。

二、控訴人ら代理人は、当審において売買の時期は被控訴人ら主張のとおり昭和二四年八月一日である(その旨の甲三号証の成立を認める)と述べ、後にこれを真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであるとして取り消し、被控訴人らは、その取消しに異議を述べた、よつて以下に右自白の取消しの許否につき検討することとするが、その判断は結局、右自白が真実に反するか否か、換言すれば、売買の時期が被控訴人ら主張のように昭和二四年八月一日であるか、控訴人ら主張のように昭和二〇年五月であるか、の判断に帰着する。

1  本件土地は農地であるから、昭和二〇年五月の売買であれば、同一九年勅令一五一号による改正後の臨時農地等管理令七条の二に定める地方長官(岡山県知事)の許可、同二四年八月の売買であれば、同年法律二一五号による改正後の農地調整法四条一項に定める知事の許可を必要とする(被控訴人らのいう農地委員会の承認は売買の場合は関係がない。同法施行令二条)が、前記管理令七条の二は取締規定であつて、これに違反してなされた売買契約も無効でないとすること判例であるのに対し、農調法四条一項の許可を受けないでなされた売買契約が効力を生じないことは、同条五項の明定するところである。そして本件売買は知事の許可を欠くものであるから、その時期が昭和二〇年五月であれば売買は有効であり、昭和二四年八月であれば売買は無効となる。

2  ないし、5、≪省略≫

6 以上説示するところに、<証拠>を綜合すると、本件売買の時期は被控訴人ら主張のとおり昭和二四年八月一日と認められ、他にこの認定を左右すべき証拠は存在しない。結局、控訴人らの自白の撤回は許されないものというべく、売買の時期が右同日であることは、当事者間に争いがないことに帰する。

三、してみれば、本件土地の売買は知事の許可がないので、その効力を生ぜず、所有権は依然として清一に、また従つて相続人たる被控訴人らにあつたものといわなければならない。そして、本件土地(畑)は知事の許可のないまま力蔵に引き渡されたものであるが、同人の相続人たる控訴人らは、売買契約による債務の履行として引渡しを受けたという理由で、売主の相続人たる被控訴人らの返還請求を拒むことは許されない。

四、抗弁について、

1  時効取得の成否

控訴人らは、かりに本件売買(昭二四・八・一)が効力を生じないとしても、控訴人らのため民法一六二条二項による一〇年の取得時効が完成したと主張し、前記争いのない請求原因イの事実に<証拠>を綜合すると、力蔵は昭和二四年中に本件土地の占有を開始したことが認められるので、力蔵は「所有ノ意思ヲ以テ善意、平穏且公然ニ占有ヲ為スモノト推定」されるが、当時、知事の許可がないかぎり売買契約が効力を生じないことは、前記農調法四条五項の明定するところであつて、力蔵はその占有の始め本件土地を自己の所有と信じたことにつき、少なくとも過失の責めを免れない。

控訴人らは、この点につき過失なしとして種々陳弁するが、農地の売買に知事の許可を要することになつたのは、前述のとおり戦時中からのことであり、また売買の効力が知事の許可の有無にかからしめられるようになつたのも、昭和二一年法律四二号(同年一一月二二日施行)による農調法の一部改正以後のことであつて、力蔵に過失を認めることは、農地の所有ないし移動に重大な変革の行なわれた戦後数年の社会事情とこれに対する社会一般の関心を想起すれば、事情としても酷であるとは考え難い。よつて、この点に関する控訴人らの主張は採用しない。

2  留置権の成否

イ、控訴人らは、本件売買が効力を生ぜず(時効取得も認められない)とすれば、支払ずみの代金(の一部である)五万八〇〇〇円とこれに対する法定利息の支払あるまで本件土地に対して留置権を行使し、その支払と引替えにのみ本件土地の明渡しを命ずるよう原判決の変更を求めるというのであるが、他方、控訴人らは反訴につき予備的に、知事に対する許可申請およびその許可を条件とする所有権移転登記を請求するのであつて、右の原判決変更の申立てと反訴の予備的請求とは両立しえない。

しかし、控訴人らが留置権を行使して原判決の変更を求めるといいながら、積極的に五万八〇〇〇円および利息の支払を求めるのでないこと(控訴人らとしての反訴請求でなく、被控訴人らの本訴請求に対する予備的申立てにとどまること)、その他、弁論の全趣旨に徴し、控訴人らの意思は、反訴の予備的請求が排斥された場合に備えて、本訴についての予備的申立てをしたものと認められる。したがつて、留置権の抗弁に対する判断は、反訴の予備的請求に対する判断の後にするのが順序であるが、後者の請求が排斥を免れないこと後述のとおりであるので、便宜、以下この項において判断することとする。

ロ、本件売買につき知事の許可がなく、したがつて効力を生じないものである以上、なんら反証の存在しない本件においては、被控訴人らは、清一が力蔵より受領した五万八〇〇〇余円の利益が現存するものとして、これを控訴人らに返還すべき義務を負担し(ただし、清一を悪意の受益者と認めるに足る証拠はない)、この不当利得返還請求権と本件土地の返還義務とは、本件売買契約の無効という同一の法律関係から生じたもので、互いに牽連関係を有するものというべきである。

しかしながら、知事の許可のない農地の売買において、買主に留置権の行使を認めることは、知事の許可をもつて効力発生要件とし(売買時につき昭和二四年法律二一五号による改正後の農地調整法四条五項、現在時につき農地法三条四項)、無許可の権利移動に対しては罰則をもつて臨む(売買時につき昭和二一年法律四二号による改正後の農調法一七条ノ四、現在時につき農地法九二条)関係各法条の趣旨に合致せず、これを消極に解するのが相当である。よつて、留置権の抗弁は採用できない(なお、被控訴人らが再抗弁として主張する事実が肯認されることは、後に反訴についての判断に示すとおりである)。

五、結語

以上説示するところにより、被控訴人らの本訴請求はすべて正当で、本件控訴は棄却を免れず(ただし、原判決主文二項によると控訴人らに明渡しを求める範囲が明確を欠く憾みがあるので、これを主文一項ただし書のとおり訂正する)、留置権を前提として原判決の変更を求める予備的申立ても失当である。

第二反訴について≪以下省略≫(林歓一 可部恒雄 八木下巽)

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